<   2009年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ウニョン宮/'08夏の韓国

昨年の夏、カンヌン(江陵・강릉)に行ってからソウルに戻り、訪ねたのはウニョン宮(운현궁)。「ソンビはどのように自己管理をしたか?」を読んで、その時撮ってきた写真を改めて見てみました。遠い歴史ではなく、生きて活躍した人とつながり、ドラマのシーンとも重なり、活き活きと見えてきました。一挙公開~♪ 

ウニョン宮は地下鉄3号線安国駅4番出口からじき、こんな街中にあります。
d0041400_22343710.jpg


老楽堂(노락당)
~明成皇后がお后修行をしたところであり、
高宗と明成皇后の結婚式が行われたところ~
d0041400_2240439.jpg


~婚礼衣装を再現したもの~
d0041400_22381134.jpg


~輿~
d0041400_2239624.jpg



ウニョン宮の広い敷地、
私邸でありながら「宮」といわれるにふさわしい構えです。
d0041400_23124036.jpg


老安堂(노안당)
~興宣大院君が日常住んだところで、
高宗の即位後。主要な改革・政策が論議されたところ~
d0041400_2313724.jpg


ソンビはどのように自己管理をしたか?
にでてくる、室内の様子
d0041400_23133968.jpg


d0041400_23235630.jpg



[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-31 23:09 | 韓国 | Comments(6)

「ソンビはどのように自己管理をしたか?」

先週の土曜日、KNTVでドラマ「明成皇后(명성황후)」が最終回を迎えました。そんな時、この文章に出会い、興味深く読みました。史劇ドラマをあれこれ見るうちに、韓国の歴史を知ることになり楽しくなってきています(^^*)
ソンビとは、辞書によると、学識が高く言動・礼節が正しく義理・原則を守り官職・財産をむさぼらぬ人格の高潔な人、士、人士。

d0041400_2232583.gif


선비는 어떻게 자기관리를 했을까?
   -이하림 기자
ソンビはどのように自己管理をしたか?   -イ・ハリ記者

햇살 좋은 날, 서울 종로에 있는 운현궁으로 나들이를 갔다. *고종이 열두 살 때까지 자란 곳이자, 흥선대원군 이하응이 머물던 운현궁. 부유한 그들이 얼마나 화려한 생활을 했을지 궁금했다. 그런데 방 안을 살펴본 나는 다소 놀랐다. 어른 셋이 겨우 누울 작은 방에 가구라고는 수납장과 책상, 병풍이 전부였기 때문이다.

日差しの心地よい日、ソウルのチョンノにあるウニョン宮にぶらりと出かけた。高宗が12才まで育ったところであり、興宣大院君イ・ハウンが住んだウニョン宮。裕福な彼らがどれほど華やかな生活をしていたか知りたかった。しかし、部屋の中をよく見た私は少々驚いた。大人が3人やっと横になれるくらいの小さい部屋で家具といえば収納箪笥と机、それに屏風で全部だったからだ。
*고종:朝鮮時代26代の王、后は明成皇后

비록 이하응은 세상일에 초연하지는 못했을지언정 단출한 살림살이가 보여 주듯, 고고한 선비로서 검약한 삶을 살기 위해 자기 자신을 엄격히 관리했다. 장식 없이 나뭇결 무늬만 살린 흑갈색 목가구도 검소한 기풍을 드러낸다. 숙종 때 나온 ‘산림경제’에는 가구에 붉은 칠을 하면 안 되고, 평상도 고목 둥치로 만들되 새 모양조차 새기지 말라고 쓰여 있다. 선비는 백성의 모범이 되어야 하기 때문이다. 그래서인지 송시열의 종가에서는 도끼 자국이 남은 통나무를 그대로 썼다.

イ・ハウンは、たとえ世事に超然としていることはできないとしても、こじんまりした暮らし向きが見せてくれるように、孤高のソンビとして倹約した生活をするために自分自身を厳しく管理した。飾りの無い木目模様だけを活かした黒褐色の木の家具も質素な気風をあらわにしている。*肅宗の時出た『山林経済』には家具に赤い漆を塗ってはならず、寝台も古木の根元で作り、鳥の模様すら刻んではならないと書いてある。ソンビは民衆の模範とならねばならないからである。だからか宋時烈の宗家(本家)では斧の跡が残った丸木をそのまま使った。
*肅宗:朝鮮時代19代の王

자기관리는 검약한 생활에만 해당되지 않았다. 선비는 잠자는 것도 여름에는 4시간,
겨울에는 6시간을 넘지 않았다. 새벽 2~4시에 일어나 독서와 사색은 물론, 자녀에게 글을 가르쳤다. 오전 10시 이후에는 손님 접대를 하고 일꾼의 일을 살폈다. 저녁 8~10시면 일기나 장부를 쓰고 잠자리에 들었다. 늦잠을 삼가고, 날마다 할 일을 규칙적으로 하며 나태해지지 않도록 내면을 가다듬은 것이다.

自己管理は倹約した生活だけではなかった。ソンビは眠ることも、夏には4時間、冬には6時間を越えなかった。夜明け前の2~4時には起きて読書や思索はもちろん、子女に文を教えた。午前10時以降にはお客を接待し下働きの仕事を点検した。夜8~10時には日記や帳簿をつけ寝床に入った。朝寝を慎み、毎日することを規則的に行い、怠惰にならぬよう内面を整えるのであった。

또 ‘독서백편의자현(讀書百篇意自顯顯)’이라 하여 책을 100번 읽는 것은 기본이었다. 소현세자의 《동궁일기》에도 새로 배운 것은 60번, 전에 배운 것은 40번씩 매일 읽으라는 학사의 권고가 적혀 있다. 소리 내어 여러 번 읽다 보면 글의 기운이 읽는 이의 마음으로 스며든다고 여겼다. 한편 정약용은 읽는 것도 모자라 중요한 부분 밑에 자기생각은 물론 다른 책에서 본 그와 관련된 내용까지 덧붙여 썼다. 그렇게 중요 내용을 정리하여 엮은 책이《목민심서》와《‘흠흠신서》이다.

また、「読書百篇意自ずからあらわる」といい、本を100回読むことは基本だった。*昭顯世子の『東宮日記』にも新たに学ぶことは60回、以前に学んだことは40回ずつ毎日読むようにという学士の勧めが記されている。声に出して何度も読んでみると文字の気運が読む人の心に染み込むと思われた。一方、丁若鏞は読むだけでは足りず重要なところの下に自分の考えはもちろん他の本で見た関連のある内容まで、一緒に書いた。そのように重要な内容を整理し編んだ本が『牧民心書』と『欽欽新書』である。
*昭顯世子:朝鮮時代16代王仁祖の嫡男。

선비는 책에 담긴 선인의 지혜를 배우며 자신이 하려는 바가 도리에 어긋나지 않는 성인이 되려고 노력했다. 그와 동시에 활쏘기를 하며 몸을 단련하는데도 열심이었다. 이상을 실현하기 위해서는 무엇보다 몸이 건강해야 하기 때문이다. 또 괜한 욕심이 앞설 때는 고요한 산을 오르며 가슴속의 티끌을 털어 냈다.

ソンビは本に込められた先人の知恵を学び自分がしようとすることが道理に外れないように、聖人になるように努力した。それと同時に弓術もし体を鍛錬するのにも熱心だった。理想を実現するためには何よりも体が健康でなければならないからだ。また、無駄な欲が先立つときは静かな山に登り胸のうちの埃をはらい落とした。

풍족하고 편리한 생활 탓에 나태해지기 쉬운 요즘, 외면과 내면까지 관리하던 선비의 삶을 마음에 담아 본다.

豊かで便利な生活の所為で怠惰に陥りやすい近頃、外面と内面まで管理したソンビの生活を心に思い描いてみた。

-좋은생각 2009년 2월호 중에서-
[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-30 22:46 | 韓国の言葉・学習 | Comments(4)

妻家房四谷本店

今日は、寒くはありましたが、日差しは暖かくて
絶好のお墓参り日和・・・・・・( ̄▽ ̄;)

その後少し足を伸ばして、四谷三丁目の妻家房

d0041400_20473539.jpg

石焼きビビンバを食べてきました。
寒かったので、熱々の石焼きはおいしかったです。
そして、白菜キチも・・・
チャプチェもチヂミもおいしそうだったので
今度は友達を誘って行こうと思います。


韓国には「사위는 백년지객[百年之客]이다.(婿は百年のお客である)」という言葉があります。婿はそれほど大事で気の使われる存在であり、婿にとって妻家は、下にもおかないもてなしでさぞや居心地の良いところであるでしょう。そんな意味を込めた「妻家房」、1人でもゆっくりできるお店です。
[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-27 20:54 | 食べ物이야기 | Comments(6)

人が皆われより偉く見える日に・・・

완벽하게 잘하는 사람은 아무도 없다.
그렇기 때문에 다음에는 모두 더 잘할 수 있다.
- C. 캐넌-

d0041400_21482015.gif

完璧にできる人は誰もいない。
だから次にはみんなもっと上手くできるのだ。
- C. キャノン-

[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-25 21:56 | 日々のつぶやき | Comments(2)

「人を深く知る難しさ」

先日、でかけた公園です。春の花がいっぱいでした。

d0041400_2374290.jpg


翻訳家の정영목(チョン・ヨンモク)さんの文章です。
역지사지(易地思之:相手の身になって考えること)や호가호위(狐假虎威:虎の威を借る狐)など、四字熟語の勉強になるように思いました。


  사람을 깊이 아는 어려움   -정영목
  人を深く知る難しさ     -チョン・ヨンモク

번역을 하니까 저자와 교류가 있지 않으냐는 질문을 가끔 받는다. 실제로 활발하게 교류하는 분도 있지만, 내 경우에는 직접적인 ‘교류’가 이루어진 일이 거의 없다. 예전에 딱 한번 메일을 주고받은 적은 있다. 그러나 책 내용에 논리적으로 약간 이상한 것이 있어 문의를 했을 뿐이다.

翻訳をしていると著者と交流があるのではないかと時々質問を受ける。実際盛んに交流をしている人もいるが、私の場合は直接的な「交流」が成り立つことはほとんど無い。以前、一回だけメールをやり取りしたことがあった。しかし本の内容で論理的に少しばかり変なところがあって問い合わせただけだった。


사실 내심 그 저자가 괜찮은 사람이라고 여기고 있던 터라, 필요한 질문 외에 이런저런 이야기를 해서 좀 가까워져도 좋겠다는 생각을 하기도 했다. 그러나 막상 메일을 쓸 때는 용건만 처리하는 선에서 끝내고 말았다.

実は内心、その著者がいい人だと感じていたので、必要な話のほかにもあれこれ話をして少しは親しくなってもいいが、と思ったりもした。けれどもいざメールを書く段になると用件だけ片付けるところで終わってしまった。


왜 그랬을까? 물론 타고난 수줍음도 한몫했을 것이다. 하지만 심리적으로 어떤 견제 장치가 작동했다는 느낌도 든다. 물론 번역자만큼 저자를 깊이 아는 사람도 드물다. 번역자는 독자와 달리 상대가 하는 말을 듣는 데서 끝나는 게 아니라, 상대의 입장이 되어, 심지어 표정과 말투까지 흉내 내어 상대의 말을 되풀이해야 하기 때문이다. 서로 역지사지(易地思之)를 극한까지 밀어붙이는 행위이며, 따라서 그만큼 상대를 깊이 아는 기회가 주어진다고도 할 수 있다.

なぜそうだったのか? もちろん生まれつきの恥ずかしがりが一役かったのだろう。しかし心理的にある種の牽制装置が働いたという気もする。もちろん、翻訳者ほど著者を深く知る人はまれだ。翻訳者は読者とは異なり、相手の話すことを聞くだけで終わりではなく、相手の立場に立って、はなはだしくは表情や口調までまねて、相手の言葉を繰り返さねばならないからだ。お互い「相手の身になって考えること」を究極まで押し通す行為であり、だからそれほど相手を深く知る機会が与えられていると言えるのだ。


그러나 상대를 깊이 아는 만큼 위험도 따른다. 자신을 상대와 동일시할 위험이다. 배우가 자신의 캐릭터에 몰입했다가 빠져나오기 힘들 듯이, 상대와 자신은 엄연히 다른 존재라는 것을 잊어버릴 수 있다. 차라리 상대의 품 안에서 종살이를 하며 호가호위(狐仮虎威)하는 게 어떨까 하는 유혹을 받기도 한다.

しかし、相手を深く知るほど危険も伴う。自分を相手と同一視する危険だ。役者が自分の配役に没入して抜け出るのに苦労をするように、相手と自分は厳然と異なる存在だということを忘れることがある。いっそ相手の懐の中で仕え、「虎の威を借る狐」となるのはどうかという誘惑を受けたりする。


하지만 그 반대로 자신의 정체성을 잊지 않으려고 너무 힘을 준 나머지 상대를 뭉개 버리기도 한다. 사실 이 둘 가운데 어느 한쪽으로 치우치지 않는 것은 가느다란 줄을 타고 걷는 것과 마찬가지로 힘들고 까다로운 일이다. 나는 워낙 발을 헛디디는 일이 많은 사람인지라, 행여나 그 줄에서 벗어나 나락으로 떨어질 것을 소심하게 걱정한 것인지도 모르겠다.

しかし、その反対に自分の実体を忘れまいと、力を入れすぎるあまり相手を押えつけてしまうこともある。事実この二つの間でどちらか一方に偏らないのは、非常に細い綱に乗って歩くことと同じく大変で難しいことだ。私は何しろ足を踏み外すことが多いので、もしかしてその綱から落ちてしまうのではないかと注意し心配しているのかも知れない。


사실 일반적인 사람 관계에서도 상대를 깊이 알려면 역지사지의 과정, 즉 번역이 필수적이다. 이것은 사랑과 배려의 바탕이기도 하다. 그러나 사랑을 내세워 상대와 자신을 동일하게 여기는 경우도 흔한데, 이는 사실 자기중심주의의 또 다른 얼굴에 불과하다. 상대를 깊이 알면서도, 서로 다름을 인정하고 서로를 존중하는 것. 이 기본 원칙은 사람 관계에서든 번역에서든 다를 것이 없는 듯하다.

実際、一般的な人間関係でも相手を深く知ろうとすると相手の身になって考える過程、すなわち翻訳が必要である。これは愛と配慮の基本でもある。しかし、愛を優先して相手と自分を同一だと感じる場合もよくあることで、人は実は自己中心主義のまた違う面にほかならない。相手を深く知りながらも、互いの違いを認め互いを尊重すること。この基本原則は人間関係であれ翻訳であれ、異なることが無いようである。


-좋은생각 2009년 3월호 중에서-
[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-21 23:09 | 韓国の言葉・学習 | Comments(8)

彼岸

お彼岸ですね。庭の桃の花が今満開です。
김미라(キム・ミラ)さんの文章です。

d0041400_2241380.jpg

피안(彼岸)     -김미라

어느 해 봄날이었던가, 산정호수에 간 적이 있었습니다. 함께 간 이와 호숫가에 놓인 벤치에 나란히 앉아 호수 건너편의 고적하고 아름다운 숲을 바라보았습니다.
いつの春の日のことだったか、山頂にある湖に行ったことがありました。一緒に行った人と湖のほとりに置かれたベンチに並んで座り、向こう岸の寂しそうな美しい森を眺めました。

그가 말했습니다. “번잡하고 지저분한 이 쪽이 아니라 조용하고 아름다운 저 쪽에서 보았더라면 더 좋았겠지?”
彼が言いました。「わずらわしくけがれたこちらではなく、静かで美しいあちらで見たら、もっと良かっただろうに。」

그 때 나는 이렇게 대답했던 것 같습니다. “저 쪽에서 이 쪽을 바라보면 과연 여기서 보는 만큼 아름다울까요?”
その時私はこう答えたと記憶しています。「あちらからこちらを見たら、果たしてここで見るほど美しいでしょうか。」

강 건너편 언덕을 피안(彼岸)이라고 한다지요. 기쁨과 슬픔을 초월한 경지에 이르러 도달하는 곳. 이 쪽의 것을 버리지 않고는 가서 닿을 수 없는 곳.
川の向こう岸の地を彼岸と言うようですね。喜びと悲しみを超越した境地に到達した所。こちらのものをすてなければ到達することのできない所。

불가에서는 춘분과 추분의 전후 삼 일간에 피안이라는 이름을 붙여 줍니다. ‘봄 피안’, ‘가을 피안’. 그 ‘봄 피안’을 지나오면서 생각합니다.
仏教徒は、春分と秋分の前後3日間をお彼岸と名づけました。「春のお彼岸」、「秋のお彼岸」。その「春のお彼岸」を過ごしながら考えました。

‘피안’이란 가서 닿으라는 의미가 아니라 가서 닿고 싶은 지점을 아껴 품으라는 의미가 아닐까. 설령 극락왕생의 길이 열려 있어도 나는 이 쪽의 남루한 삶을 껴안기로 합니다.
「彼岸」とは行き着けという意味ではなく、行き着きたい地点を大切に抱けという意味ではないでしょうか。たとえ極楽浄土への道が開かれていたとしても、私はこちらのみすぼらしい生命を抱きしめようと思います。

때로 가 보지 못한 먼 곳의 지명이 ‘희망’이 되는 것처럼, 간절히 닿고 싶은 ‘피안’은 남겨 두는 것이 생에 대한 예의일지도 모릅니다.
時には、行くことのかなわない遠い所の名が「希望」であるように、切実に到達したい「彼岸」は残しておくことが生に対する礼儀であるかも知れません。

-월간<샘터> 2006년 4월호-

[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-17 22:13 | 韓国の言葉・学習 | Comments(4)

ふきのとう

寒かった冬が過ぎ、しみじみと「あぁ~春だなぁ~」と感じるのは、春の味覚を楽しむ時です。そして、これは韓国語では何と言うのだろうか、と気になります。
そのひとつ、先日「ふきのとう」が我が家に到来しました。

d0041400_18113536.jpg

ふきのとうは「머위의 새순」というのでした。
少し調べてみたら、
머위의 새순을 먹으면 일년 내내 큰 병 없이 지낼 수 있다는 옛말이 있을 정도로・・・
ふきのとうを食べると一年中大病なくすごすことができるという昔の言葉があるほどに・・・
という言葉に出会うほど、薬効がいろいろでした。冬の間に落ちていた代謝を目覚めさせてくれるような、鮮烈な味わいです。


d0041400_1955026.jpg今回は、湯がいて水にさらし、水気を絞って、醤油・酒・みりん・砂糖をあわせたもので味をつけ、最後に味噌を入れて、「蕗味噌」を作りました。ほろ苦くて独特の香り、春ならではの味をおいしくいただきました。
[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-14 18:17 | 食べ物이야기 | Comments(4)

「愛の妙薬」

詩「2월(2月)」で知った詩人の오세영(オ・セヨン)さんの、ほかの詩を探していて出会いました。実はもっと深いものをうたった詩なのでしょうけれど、私のわかるところで日本語を添えてみました。せっけんが好きです。

d0041400_1845121.jpg


사랑의 묘약   -오세영
愛の妙薬     -オ・セヨン 

비누는
스스로 풀어질 줄 안다.
자신을 허물어야 결국 남도
허물어짐을 아는 까닭에
せっけんは
自ら溶けることができる。
己の身を崩してこそついには人も
崩れることを知っているゆえに


오래될수록 굳는
옷의 때,
세탁이든 세수든
굳어버린 이념은
유액질의 부드러운 애무로써만
풀어진다.
時間が経つほどに固くなる
服の汚れ、
洗濯であれ洗顔であれ
凝り固まった理念は
乳液質の柔らかい愛撫によってのみ
溶けるのだ。


섬세한 감정의 올을 하나씩 붙들고
전신으로 애무하는 비누,
그 사랑의 묘약妙藥.
繊細な感情の布目をひとつずつぎゅっと握り
全身で愛撫するせっけん、
その愛の妙薬


비누는 결코
자신을 고집하지 않는 까닭에
이념보다 큰 사랑을 안는다
せっけんは決して
己に固執しないゆえに
理念より大きな愛を抱くのだ。


[PR]
by isa-syoujiten | 2009-03-05 18:49 | 韓国の言葉・学習 | Comments(2)


「いさのハングル小辞典」をリニューアル。韓国と韓国語が好きな人と交流したいと願っています。2014年4月の韓国語能力検定試験で6級合格しました(^^*)


by いさ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ

ようこそ!マイブログ
韓国の言葉・学習
日々のつぶやき
本との出会い
食べ物이야기
韓国
E-映画
D-ドラマ

新聞
台湾

タグ

(107)
(87)
(49)
(44)
(42)
(41)
(33)
(32)
(29)
(29)
(25)
(24)
(24)
(22)
(20)
(19)
(18)
(17)
(17)
(17)
(17)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(7)

最新のコメント

◇ 観音寺さん  お久..
by isa-syoujiten at 17:51
いさヌナこんにちは? ..
by 観音寺 at 15:36
◇ shinn-lily..
by isa-syoujiten at 12:31
ここに行ってみたいなとず..
by shinn-lily at 08:24
◇M さん こんにちは♪..
by isa-syoujiten at 16:22
1998年の作品なんです..
by M at 00:39

以前の記事

2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
more...

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

フォロー中のブログ

いずみのはんぐんまる日記
韓国語学習日記
あるびん・いむのピリ日記
旧・EVERGREEN ...
春風 吹いたら ~韓国語...
覚えたい韓国語
テクテクフォト
思いっきりHighkick
ありのままに、わがままに行こう
シアワセノカケラ
カジャ*カジャ**韓国!!
なんとなく韓流     ...
キルトで9条
まい ふぇいばりっと ...
お茶にしよ~っと。
韓国ときど記
喫 茶 素 描
空とぶっちゃの日々
めざめ日記
Nothing is u...
つれづれなるまにまに
マサモトママの日々の出来事
朝風がさわさわ
kdw231's world.
アルムダウン セサンが ...
幸せごっこ
韓国語って面白い
だいじょうぶ できる!で...
koe&Kyo 日々燦々
私的韓国語メモ
ぶん屋の抽斗
It's our tim...

リンク

最新のトラックバック

落ち込んだ時に励ましてく..
from 雪月花
秋の終わりの山梨へ (写..
from わたしの青い☆そら☆
ことわざ 속담
from 韓国語って面白い

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

語学
韓流スター・ドラマ

画像一覧