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おわりに/’86年夏 韓国行10

夏休みに思い立ち、はじめた思い出話もやっと終わりにたどり着きました。
ツアーというとお仕着せのイメージがありますが、このときは、思いのほか、自由だったことに気がつきました。そして、釜山の女子大生、慶州のLさんのお姉さん、俗離山のお坊さん、扶餘のハラボジ、明洞の男性と、いろんな出会いがあって、言葉ができたらもっともっとすてきな交流ができていただろうと思われました。

この20年の間に日本も変わりましたが、韓国はもっと大きく変わったように思います。一方、変わらずにあるものも多くあります。(私なんて、気持ちだけは20年前と少しも変わらない感じです。)
今年は、受験生がいて動けませんが、来年の夏にはぜひ、もっといろいろな勉強をして彼の国を訪れて、変わったものと変わらないものを自分の目で確かめ、また、多くの人と出会ってみたいと思っています。
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by isa-syoujiten | 2005-08-20 00:25 | 韓国 | Comments(4)

ソウル:景福宮のことなど/’86年夏 韓国行9

最終日、午前中はフリータイム。私たちは、南大門の見えるところで写真を撮って、地下街でお土産のショッピング。すぐ側まで行ったのにどうして南大門市場に行かなかったのでしょうか、疑問です。

午後は、李氏朝鮮朝の王宮、景福宮の見学です。南山を正面にして北岳山を背に風水を考えて理想的地勢に設計されています。

d0041400_2248948.jpg

写真は、朝鮮王朝の王が政務を取った勤政殿から撮影したもので、日帝支配の象徴「旧朝鮮総督府」の石造建築物が写っています。景福宮の、のど元を締めるように建てられていたこの石造建築物は、95年に時の金泳三大統領の決定により解体がなされました。もう今では見ることのできない、貴重な写真です。
ここの一隅で日本帝国軍により李朝の王妃閔妃の暗殺が行われました。景福宮には昨年も訪れ、時間をかけてまわったのですが、きれいな建物に見とれていただけでした。こんど行くときにはその記念碑があるというところをたずねたいと思います。

それから、86年のアジア大会と88年のオリンピックのメイン会場となるオリンピック競技場の見学をし(「シュリ」の舞台となったところ)、金浦空港にむかいました。
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by isa-syoujiten | 2005-08-19 22:53 | 韓国 | Comments(2)

ソウル:明洞散策/’86年夏 韓国行8

旅行も大詰め、5日目午後に最後の訪問地ソウルに到着。ツアーの予定ではこの夜カジノが入っていたのですが、全く興味がなかったので、夫とふたりでソウルの街に出ることにしました。

当時ソウル一の繁華街明洞(명동)、江南エリアの開発はまだまだのころです。夕食に宮廷料理のお店の予約をして、それまで明洞の散策です。明洞は、人でにぎわってはいましたが、ここがソウル一の繁華街? と思うくらい道がデコボコだったり、通りもあまり明るくなかったように思います。本屋を探し以前からほしかった「韓日」・「日韓」辞書を買いました。

それから、「ソウルっ子なら知らない人はいない名所」とガイドブックにあった「明洞ギョーザ」というお店に行くことにしました。メニューはカルグクス(칼국수)一種類だけなので言葉に不安があっても大丈夫だろうと、地図を見てたずねました。「明洞ギョーザ」は、今は同じ通りにきれいな支店もできているようですが、本店のある場所でした。初めてでは勇気のいるような、少し奥まった狭い階段を上り、大衆食堂のようなつくりの店内のテーブルにつきました。アガッシが注文をとりにきたので、2つくださいと伝えたのですが、その後猛烈な速さで何かをまくし立てます。何を言っているのか聞き取れなくて、頭の中が真っ白になってしまいました。……すると、隣のテーブルにいた若い男性が、「先払いですよ」と日本語で教えてくれました。(ホッ!)
話をしてみると、日本の大学に留学していたこと、それも私たち夫婦の出た大学だったことがわかりました。同窓だとは! これから友達と飲みに行くが一緒にどうか、と誘ってくれました。

d0041400_1414466.jpgとても魅力的なお話でしたが、初めて会った人についていくのもどうかと思い、また、次の予定が決まっていたので、丁寧にお断りをしこの出会いは終わりになりました。ちょっと残念な気がしました。
カルグクスは、観光客向けの食事が続いていたので、ほっとするような味でおいしかったです。(写真は現在のもの)

宮廷料理は、ロッテホテルB1にある「鮑石亭(포석정)」というお店でした。松の実の入ったお粥から始まって、赤くも辛くもない、まさしく「大長今(대장금)」に出てくるようなお料理です。カルグクスを食べてお腹がすいていなかったので、味はあまり記憶にありません。農楽や官女の踊りを楽しみました。ここで出された法酒(법주)が気に入って、お土産に買って帰りました。
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by isa-syoujiten | 2005-08-19 14:08 | Comments(2)

温陽温泉・利川・民族村/’86年夏 韓国行7

4泊目は温陽温泉(온양온천)のホテルでした。
韓国の温泉は、ホテルを含めて風呂はどこも小さいのだそうです。温陽温泉といいながら、温泉に入った記憶がないのはそのせいなのでしょう。
ここで、夜にホテルの前の通りにでてみると、リヤカーのようなものにいっぱい果物をつみ上げた屋台が並んでいました。果物は何だったでしょうか。
映画「8月のクリスマス」で、ジョンウォン(ハン・ソッキュ)とタリム(シム・ウナ)が最初で最後の遊園地でのデートの後、銭湯で汗を流して出て来たときにアジュンマからミカンを買うシーンがあります。ちょうどそのような屋台です。どれも新鮮でおいしそうだったのですが、ガイドの朴さんから、屋台では絶対買って食べてはいけないと言われていたので、残念ですがあきらめました。衛生上の心配があるという感じでした。

5日目は、利川からです。
「NHKラジオ講座2002年4月号テキスト」に利川陶芸村(이천 도예촌)の紹介文がありました。
이천 도예촌은 한국에서 가장 규모가 큰 도예촌인데요, 현재는100개 정도의 가마가 밀집해 있습니다.
利川陶芸村は韓国で最も規模が大きい陶芸村で、現在は100くらいの窯が密集しています。
이 곳에서는 지금도 유명한 도공들이 고려총자나 이조백자를 재현하기 위해서 열심히 노력하고 이죠.
ここでは、今も有名な陶工たちが高麗青磁や李朝白磁を再現するために一生懸命に努力しています。

d0041400_16173871.jpg利川は古くからやきものの里として知られているところです。解放後、伝統陶芸の復興に情熱を燃やす海剛柳根瀅氏や池順鐸氏らがこの地に窯を築き、現代陶芸の盛んな地となったということです。今は陶磁器作りの工程が一目で見られる博物館があるようですが、私が行ったときはまだそんなに整備はされていなくて、いくつかの工程と窯を見せてもらい、お土産を買って帰りました。そのときのお土産の酒器です。杯は3個しか残っていませんが、毎年お正月にはこれでお屠蘇をいただいています。桐の箱を見てみたら、池順鐸のサインがありました。

つぎに、民族村(민속촌)。
韓国各地の農家や民家、両班(양반)の住宅、役所などを再現し、李朝時代そのままの衣装の人々が仕事をしたりして生活が実演されている、観光村です。実際に鍛冶屋や薬屋があって販売したり、伝統演劇も演じられます。
昼食は、わらぶき屋根の正門を入ってすぐ左手にある韓式食堂で、石焼きビビンパでした。まだ、混ぜ合わせて食べることに抵抗があった頃で、韓国の人が目いっぱいこね合わせているのを見て、感心したものでした。今はもう、ご飯の白いところがなくなるくらい、コチュジャンをいれて混ぜ合わせて食べるのがおいしいことを知っています。
民族村は映画やテレビドラマの時代劇の撮影によく使われるそうですね。訪れたときに撮影に出会えたらうれしいでしょうね。

さて、次はいよいよソウルに入ります。
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by isa-syoujiten | 2005-08-18 16:21 | 韓国 | Comments(0)

忠清南道:公州・扶餘/’86年夏 韓国行6

次なる訪問地は百済の都だった公州(공주)と扶餘(부여)です。
百済は高句麗の攻撃にあって、広州から公州・扶餘と都を移して、ついにこの地で滅びます。
古代史で「白村江(はくすきのえ)の戦い」と出てくるのが、扶餘を流れる白馬江です。このときに多くの知識人や技術者が渡来し、日本の飛鳥文化の源となったと日本史の授業で学習しましたね。新羅の都慶州が京都だとすると、百済の都だった扶餘は奈良と、よくたとえられます。

d0041400_1884152.jpg公州では、25代の武寧王の王陵を、扶餘では定林寺の伽藍跡の石仏や五層石塔を、それから国立扶餘博物館を見ました。百済は仏教芸術の花開いた地ですが、滅びる時の破壊で遺跡として残れているものが少ないようです。

新羅と唐の連合軍にせめられ百済が滅びるときに、追い詰められた官女が3000人も絶壁から白馬江に身を投じたという落下巌(낙화암)の伝説があります。その解説を聞きながら白馬江のゆったりとした流れに目を移すと、川下りの舟が通りかかって、アジュンマたちのグループが楽しげに踊って歌っている様子が見えました。

百済の都と知らなければ、扶餘はただの田舎の町のようでした。
敷物に広げた唐辛子が住居の前の道路に無造作に並べられていました。映画「彼女を信じないでください」でヨンジュ(キム・ハヌル)がヒチョル(カン・ドンウォン)の家を尋ねて忠清道のヨンガンの駅に降りたち、人通りの無い町を歩く場面を見たときに、扶餘で見たそのままだと思いました。
また、町角で白い韓服を着たハラボジが2人将棋をしていました。写真を撮らせてほしいと言うと快く了解してくれました。一般に忠清道の人は、おっとりとした、人当たりのよい気質で知られているそうです。「彼女を信じないでください」のお話が忠清道の設定なのも、必然のことなのでしょう。

その日の宿泊は、数多い韓国の温泉の中でも親しまれているという温陽温泉でした。
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by isa-syoujiten | 2005-08-17 18:22 | 韓国 | Comments(0)

忠清北道:俗離山/’86年夏 韓国行5

新羅・高麗時代を通して仏教が栄えましたが、李朝は儒教を尊崇し仏教を弾圧したので韓国のお寺はほとんど山中にあるのだそうです。日本の仏教と違って世俗的なところから離れた、神聖な信仰の世界という感じだそうです。俗離山法住寺(속리산법주사)はまさしく名にいうように、俗界から離れた山の中でした。
霊気の漂うような山の中にあるホテルは、シャワーが出なかったり、エレベーターが止まって5分ほど閉じ込められたりしたのも許せると思わせるものがありました。

4日目は俗離山法住寺のお参りからスタートです。

d0041400_11284597.jpgうっそうとした木の茂る参道を歩き、お寺の境内に出ると高さ27メートルの巨大な仏像が現れ目を奪われます。その大きさと年を経た感じに私の素朴な信仰心が刺激されました。
d0041400_11413055.jpg今の法住寺を検索してみたらびっくり、光背をつけた金ぴかの像に変わり、台座が一段高くなっているのです。わざわざ壊して作り変えるとも考えられないので、何かがあったのでしょうね。(写真左が’86年、右が今)
*調べたら、信者の寄進などで1990年に建て替えられたとわかりました。(8/17)

韓国では、金銅仏の肌が汚れたり金箔がはがれると金ぴかにお色直しをします。それは仏様の命の蘇生を意味し、輝いていることで永遠の命を表すと考えるためといいます。その仏様を安置する本堂も古色蒼然としていてはご利益が無い、また、王宮もいつも輝き生気あふれていなければならないと、どの王宮も名刹も丹青や五色でカラフルに彩られています。
金ぴかなのよりも古びているほうがありがたみを感じ、「わび・さび」になじむ日本人の美意識とはかなり違っていると思わされます。

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国宝級の宝物を納める宝物殿などや極楽の蓮華池をイメージして作られた池を見ていると、修行中らしい若いお坊さんが通りかかりました。映画「達磨よ、ソウルに行こう」のイ・ムンシク(写真左から2人目)の目を一重にして丸眼鏡をかけたような感じといったら想像できるでしょうか。声をかけたら流暢な英語で答えてくれました。私の拙い英語で何を話したか覚えていないのが残念です。一緒に写真を撮って「必ずお送りします」といって別れたのですが住所をなくしてしまって約束を守れずに申し訳なく、まだ、心に残っています。

俗離山は山のあちらこちらに仏舎が点在する大伽藍で、登山コースも含めて見学に2日の日程はかけたいところなのだそうですが、入り口の法住寺だけを見て次に移動です。
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by isa-syoujiten | 2005-08-16 11:57 | Comments(0)

慶州遺跡めぐり/’86年夏 韓国行4

今日8月15日は、日本では終戦記念日ですが韓国では光復節ですね。
この年の8月15日は確か韓国で迎えたと思うのですが、バスの窓を通してみた旅行者には、街の様子に特に変わったことも無いようでした。もう少しものを考えていれば、違う何かが見えてきたのかもしれませんが、ぼんやりと旅行を楽しんでいたのでしょう。
同じものを見ても、見る人の意識によって違ってしまうとはよくあることです。ものを考え、大切なものの見える人になりたいです。

さて、旅行の3日目は、慶州の観光は遺跡めぐりです。
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まず、仏国寺(불국사)。新羅最盛期の仏教文化を代表するお寺だそうです。豊臣秀吉の命を受けた加藤清正軍によって焼き払われてしまい、石作りの部分だけが残っていたのを十数年前から復元されものでした。私たちは復元された建物には入ることが許されなくて石橋の下から眺めただけでしたが、今Yahoo!Koreaで検索をしてみたら、観光客が上っている写真がいくつもありました。もう解禁されたのですね。

「国立慶州博物館」はできてからそんなにたっていなくて、きれいな立派な建物に新羅時代の遺物がたくさん展示されていました。

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東洋最古の天文台「瞻星台(첨송대)・写真左」や、内部の構造が見られるように復元されている古墳「天馬塚(천마총)」の見物をしました。
大きなお椀を逆さまにしたようなこんもりとした小山型の古墳があちらこちらにあって、のんびり散歩したらよいだろうにと思いながらバスに乗り込みました。

忠清道の俗離山に向かって走る山道には、淡い淡い紅色のムクゲの花がどこまでも続いていました。
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by isa-syoujiten | 2005-08-15 17:05 | 韓国 | Comments(2)

慶州にて/’86年夏 韓国行3 

2年ぶりに会えた挨拶もそこそこに、Lさんに頼まれてあった、大学で使う教材を持参したのを手渡し、早速、慶州の町に出かけました。そのころの慶州は高い建物もなく、車もさほど多くなく、小さな一地方都市という感じでした。古都慶州の街並みを保つために、高い建物が禁止され民家も昔ながらの屋根瓦を使うなど配慮されているようで、子供のころに過ごしたようなひなびた懐かしい雰囲気がありました。仮面劇のお面が欲しくて町中のお店を何軒か見てまわりましたが、いわゆるお土産屋というところには案内されなかったので、そういうもののある観光地とは違ったのでしょう。(雑貨屋さんのようなところで↓こんな感じのをみつけました。)
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駅の近くにあるLさんの親戚だというお宅に伺い、オンドル房のひんやりした床の上で、朝鮮人参茶をいただきました。真夏のことなので、そのひんやり感はほっとするような気持ちよさです。何人も紹介してもらったのですが、言葉がわからず、ひたすらニコニコしているしかなかったのは残念でした。

駅から少し離れたところにある市外バスターミナルまで歩き、バスに乗って数十分、郊外にあるLさんのお姉さんのお宅に伺いました。降りたところは街灯も無く、真っ暗闇といっていいくらいでした。ほんとうに足を一歩踏み出すのも怖いくらいの暗さでした。どういうところに行くのだろうと思っているうちに着いたお宅は、インターフォンで名を告げると門がオートマチックで開くのです――そのギャップにびっくり。お風呂も洋式のバスタブが設置されているなどハイカラなお家でした。ご主人は日本に単身赴任中で、離れて暮らす大学で日本語を勉強しているという姪御さんが来てくれていました。

韓国には「상다리가 휘어 질 진수성찬(お膳の足がまがるほどいっぱいの、珍しくておいしいご馳走)」ということわざがあるのですが、Lさんのお姉さんは、まさしくそのような料理を用意して私たちを迎えてくれました。特に、行きつけのお肉屋さんで吟味して調達したというお肉で作ったプルコギは、とてもおいしかったです。観光旅行用の食事が続いていたせいばかりでなく、心のこもった、家庭で手をかけたお料理のなんとおいしかったことでしょう。

普通の観光では経験できない、韓国の家庭での貴重な楽しい時間の後、お礼を言っておいとまをし、Lさんと一緒にタクシーでホテルに戻りました。広いホテルの庭園を散歩しながらおしゃべりをして、部屋に入ってからも話は尽きず、午前1時を過ぎてLさんは帰っていきました。
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by isa-syoujiten | 2005-08-14 22:51 | 韓国 | Comments(0)

釜山にて/’86年夏 韓国行2 

全行程専用のバスに乗って、添乗員(日本人30過ぎのおじさん)と通訳兼ガイドの朴さん(少し上品なアジュンマ)の案内でまわりました。一行は、小学生を連れた家族が1組と4・50代の夫婦数組と1人で参加の人が数人、私は夫と一緒の参加で、計20人弱でした。
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飛行機で、チョン・ドヨンの「人魚姫」が泳いでいそうな済州島の海をひとっ飛びして釜山に。まず、玄海灘を睨むイ・スンシンの像のある龍頭山公園の見物です。像のまわりにはムクゲの花の品評会のようで、たくさんの鉢が並べられていました。その前で写真を取っていると大学生らしい女の子たちが人懐こそうに近づいて来ます。挨拶程度の韓国語と拙い英語と笑顔とジェスチャーで交流を試み、何を話したかは覚えていませんが、漢字が書け無いことがわかりました。ハングル世代といわれる漢字教育を全く受けない人々がいるのは聞いて知っていましたが、本当にそういうことになっているのだと、ここで実感しました。
公園内では白い韓服を着たハラボジが数人ベンチで悠然と過ごしていました。イ・スンシンが何者かはわかっていましたが、韓国の人の豊臣秀吉に対する思いまでは考えが至らず、にぎやかに写真を撮っている日本人たちをどのように見ていたことでしょうか。

チャガルチ市場で元気なアジュンマたちの声を聞きながら市場内をひとまわりしてから、慶州に向かいました。移動中のバスの中から見る釜山の街は、あちらでもこちらでも道路を掘りかえしていてたくさんの車が渋滞し、何かに向かって突っ走るような活気がみなぎっていました。

夕方早くに慶州のホテルにつくと、もうLさんが来てくれていました。
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by isa-syoujiten | 2005-08-13 17:35 | 韓国 | Comments(2)

済州島へ/’86年夏 韓国行1 

初めて韓国に行ったのはもう20年も前になる夏のことでした。当時、軍人出身の全斗煥大統領に対する学生の民主化闘争が激しく、2年後にオリンピックを控えて街中は活気にあふれているというニュースばかりが届いていましたが、訪ねた何処もが日常の時間がゆったりと流れていました。もう、ふた昔にもなるのですね。おぼろげになった記憶をたどってみます。

学生時代の友人Lさんが、そのころ韓国の大学で先生をしていたので夏休みに訪ねることにし、ついでに観光もすることにしたのでした。始めての海外旅行なのでパックツアーを利用し、途中慶州でLさんと会う約束に。ツアーは、「韓国の文化をめぐる」企画で、済州島から釜山、新羅の古都慶州、百済の古都扶余など文化的遺跡をもれなく、5泊6日で回るという盛りだくさんな内容でした。一週間以内の観光でもビザが必要なころでしたが、旅行社にお任せだったので手間や気軽さは今と変わらなかったと思います。

その年の春から、韓国語の講座に通い備えていたのですが、ハングルのひろい読みと挨拶ができるようになった程度でした。書店には旅行用会話の本があったのかどうか(たぶんあったのでしょうが)、ツアーということで特にその必要性も感じず、ガイドブックに付いている会話コーナーが役立ちました。今読んでも結構使えそうです。

韓国への入り口はもちろん仁川空港はなく、金浦空港です。空港に着き、飛行機のドアを出ると強烈なにんにくのにおいに包まれ、おぉ、韓国に来たのだ! と実感しました。3年前に行った時も夏だったのですがもうそのようなことは無く、にんにくの消費量ということだけでない何かが変わったのでしょうね。時の流れを感じたことでした。

国際線から国内線に乗り換え、まず済州島に。ホテルに着いてすぐの夕食はプルコギで、ツアー客向けの食事らしくおいしくなく、これからの旅程に一抹の不安が……。
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2日目は当時(今も?)新婚旅行のメッカという島一周の観光。チャン・ドンゴンとコ・ソヨン主演の映画「恋風恋歌」を見たときに、そういえばこんなところがあったなと思い出した程度で、あまり記憶にありません。海岸沿いの食堂でフェの昼食。青い唐辛子が丸まま出されたのを誰かが食べてみて、あまりの辛さにその場が盛り上がりましたが、出されたフェはおいしく感じられませんでした。ただ食べなれないだけでなく、観光旅行客向けの食事ということがあったのでしょう。食事は旅行の大きな楽しみの一つです。その後は何が出されたのか覚えていないのですが、はじめの食事にがっかりしたのでプルコギとフェはしっかり覚えています。(食べ物の恨み……かな?) 
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by isa-syoujiten | 2005-08-12 17:13 | 韓国 | Comments(2)


「いさのハングル小辞典」をリニューアル。韓国と韓国語が好きな人と交流したいと願っています。2014年4月の韓国語能力検定試験で6級合格しました(^^*)


by いさ

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